こんにちは、サトシと申します。本記事は大阪大学外国語学部に受かったときの話をします。阪大外語志望の高校生または浪人生誰か1人でも届けば幸いです。
ざっくりプロフィール
- 大阪大学外国語学部メジャー語現役合格
- 登校ほとんどしなくていい通信制高校出身
- 専攻は外語の中では難しめのとこ
中学~高1時代
自堕落な生活
中3の末期くらいから学校に行かなくなって高校受験対策もほとんどしてなかったので通信制に進学しました。高1の前半は昼夜逆転になり自堕落な生活を送っていました。勉強はほとんどせずAPEXとかネット配信とかを見て過ごし、このころは大学受験のことは特に意識していませんでした。
このように何も考えずに過ごしていたのですが、高1の12月くらいからいくつかきっかけが重なり大学受験を意識して勉強するようになりました。
隣人からもらった英検パス単2級
勉強を始めたきっかけは主に
- APEXのランクがプラチナに上がったこと(雑魚くてすみません)
- 隣の家の娘さんが受験でつかった英検パス単2級の単語帳を母親経由でくれたこと(これが一番重要)
- 配信に飽きたこと
でした。当時は(今考えてみると推薦等を除けばそんなことはなかったのですが)英検があると大学受験に有利になるとか聞いていたのもあいまって、なぜかやる気が出て1ヶ月くらいで熟語以外の単語を覚えました。今考えてもなぜあんな生活を送っていた自分があんなに英単語を覚えられたのかわかりません。ただその理由の1つかもしれないのは、当時は東大に憧れを抱いていたことです。その年の夏くらいにドラゴン桜のテレビドラマが放送されており、それを半分くらい観ていたから意識していたのかもしれません。また、単純に通信制であと2年もあれば東大でも行けると思っていたのでしょう。
年が明け、東大に行くために、英検パス単2級を爆速で終わらせた私は次に山川世界史の一問一答、システム英単語と青チャートに取り組みました。シス単は4ヶ月くらいで終わったと思います。
高2時代
伸びる英語と限界
5月に入ってはじめて河合塾の高2模試を受けました。東大は当然E判定でしたが、近畿大学がAで関西大学がBでした。高1の多くの期間勉強していなかったにしては良かったですが、これでは東大どころか阪大にも受からない位の成績でした。ただ、受験までまだ時間があったのでさほど気にしませんでした。
また、高1の冬から始めていた世界史一問一答を夏くらいまでに半分くらい終わらせました。今考えればこの時期に世界史をするよりもっと数学の勉強をすべきだったと反省しています。
高2の期間はかなり英語に力を注いでいました。シス単をあらかた覚えきったあとはEvergreenという文法書を読んだり、速読英熟語を覚えたり、英文解釈の技術100とかやっておきたい長文とかやったりしていました。その結果、伸ばすのに時間はかかりましたが英語が得意科目になりました。英語の偏差値が特別高かったわけではないと思いますが、河合塾の高3模試よりは偏差値が低く出る高2模試で60以上はキープしていたかと思います。
もちろん、英語以外の勉強も進んでおり、高2の冬あたりには受験で使う科目だいたいすべての内容を「履修」しました(もちろん穴だらけですが)。
ただ、高2の末に受けた高2向けの共通テスト模試では5割しか取れませんでしたし、英語の伸びも頭打ちになりつつありました。なので、この辺で鬱っぽくなりました。東大に全く届きそうにないからでした。流石に舐めてました。そこでうっすら他大学に行くという道を探し始めました。
前編おわり。後編へ続く。


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